弁景温泉(べんけいおんせん)は、北海道有珠郡壮瞥町(旧蝦夷地、明治以降の旧胆振国)にある温泉。
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アクセス
鉄道 : 室蘭本線伊達紋別駅からバスで45分。
泉質
* ナトリウム - 塩化物・硫酸塩泉
o 源泉温度63.1度
温泉街
源泉から約5キロメートル離れた久保内地区に、壮瞥町営の日帰り入浴施設「久保内ふれあいセンター」が存在する。源泉から施設までは引湯を行っている。なお、源泉付近には会員制の入浴施設が存在する。
温泉は入浴目的以外にも、ビニールハウスや病院、小学校の暖房としても利用されている。
歴史
* 1880年 - 開湯
以下、弁景温泉の看板より転記20020526
弁景温泉由来
旧国鉄胆振線久保内駅から約五粁ほど遡り、洞爺湖温泉、登別温泉を連ねる観光路線(道道洞爺登別線)の中間に位置し、オロフレ山の中腹八百メートルの峠を越えてカルルス温泉に下る豪快なコースの登り口に在る。ベンケ川と小ベンケ川の合流点で水勢漸く加わる所、滔々たる渓流の水音が温泉宿の枕の下に幽邃な夜の慰安かのようにきこえる。川の中には大きなゴロダ石が横たわり、之に激して白い泡沫となる妙趣は壮快無比である。
弁景温泉は古く明治十二年十月、紋鼈村の人、作間林之助が弁景川と小弁景川の合流点より小弁景川を約百メートル遡り、右岸に勇出する温泉を発見したのが始まりである。林之助は仮小屋を建て、冬期は引揚げて、翌春にまた来て温泉を経営し作間温泉と称した。
明治十六年以後は定住して浴客を迎えたに始まる。作間林之助は私費を投じて西紋鼈村字関内から志門気、桜峯を越え、中達観内(中立香)奥達観内(南久保内)を経て、弁景温泉に至る約三里十五町(十三粁)余の道路を明治十六年から同十八年までかかって開さくし、地域の開拓に益すると共に、温泉湯治客の便を図った。なお、作間林之助は二代作間真仲と共に公共心厚く、道路の開さくの外に種々の篤行があり、温泉及び部落の発展に尽された功労者として尊敬せられた。
現在弁景温泉地区に温泉宿はなく、湧出している千二百リットル余りの湯は、会員制の弁景温泉共同浴場の他、地熱ハウスでのトマト栽培、壮瞥温泉病院や久保内小中学校の暖房、そして町営浴場久保内ふれあいセンターで利用されている。
湯質 五三度及至六八度、良質無色透明、無臭の単純泉
効用 慢性病疾患、婦人病、皮膚病、リュウマチ、神経痛、創傷など
平成十二年三月 オロフレ観光協会
以上、弁景温泉の看板より転記20020526












